「森のピアノ対談|吉本昌史 × 土居さとし ― Forest, River & People」
「幼なじみのさとしと、静かな午後に。#森のピアノ」
四万十町の自然をテーマにした『森のピアノ』。吉本昌史と演奏者の土居さとしが、幼馴染として語る音楽・風景・地域への思いを紹介します。
二人が再び向き合い、作品の誕生とこれからを語った対談の記録です。
① 出会い・関係性
僕とさとしの最初の出会いは、黒潮町のはずれに位置する、とても小さな小学校だった。
「幼なじみ」と呼ぶには、なんとなく気恥ずかしい。でも、きっとその言葉が一番近い。
──「“森のピアノ”、地元に馴染みある曲をグランドピアノで演奏してほしい。さとしに」
そんな一言から、今回のコラボレーションは動き出した。
この曲『森のピアノ』は、もともと3年ほど前に書き上げたインストゥルメンタルだ。
当時、別のピアニストに依頼してデモ音源まで完成していた。もちろん、さとしにも一度聴いてもらっていた。
でも、心のどこかで「まだ足りない」と感じていた。
もっと自然と呼吸を合わせるような、生きたピアノを録りたい。
それには、グランドピアノの“生音”と“演奏者の息吹”がどうしても必要だった。
録音場所がようやく決まり、「じゃあ、誰に弾いてもらうか?」と考えた時、もう迷いはなかった。
「さとしに、弾いてほしい」
特別に探したわけじゃない。むしろ、最初からそう決まっていたような気がしていた。
この曲で、ピアノと真正面から向き合う音楽家──それが、さとしであるべきだと、僕は強く感じていた。
お願いをすると、さとしはこんなふうに応えてくれた。
「曲は前に聴かせてもらってたし、なんとなく空気は分かってた。
吉本が俺を選んでくれたのは、たぶん地元のことも、空気も、俺たちが同じ空間で育ったってことが大きいんだろうなって。
ナチュラルな音、素直な演奏になるって思ってくれたんかなって、感じたよ。」
そのとおりだった。
技術や実績よりも、「同じ空気を吸ってきた」という感覚が、今回の作品には何よりも大切だった。
「はじまりは一杯のコーヒーから。話はいつも地元の記憶へ。」
② 森のピアノの演奏体験
──アレンジと、その奥にあった風景
『森のピアノ』を最初にさとしに聴いてもらったのは、彼の営むお店だった。
その時から彼は、こう言ってくれていた。
「なんていうか、物悲しさがあるよね。
だけど、その中に希望へ向かう足音が聞こえる。
ちょっと苦しい。でも、だからこそ“歩き出したい”って気持ちが、音から伝わってきた。
──これは、吉本の中にある“内側の音”なんじゃないかって、思ったよ。」
演奏前の練習やアレンジについて尋ねると、彼は少し照れたように笑いながら、こう語ってくれた。
「練習はね……あんまり胸を張って言えるようなもんじゃない(笑)。
夜遅く、仕事から帰って、ヘッドホンをつけて、短い時間を見つけてはこっそり触ってた。」
それでも、アレンジには彼なりのこだわりがあったという。
「正直に言うとね、リズムの拍子にちょっと違和感があったんだよね。
だから細かい調整はさせてもらった。でも、メロディと和音はすごく綺麗だった。
その中に、自分なりの情景を重ねていける余白があった。」
彼が思い浮かべていた情景──それは、四万十町にある緑林公園の風景だった。
森の中に設けられた簡易ステージと、四万十川を模した人工の小川。そこに集まる老若男女。
「森があって、川が流れて、みんながゆるやかに集まってくる。
それって、まさに**四万十川の縮図──いうなれば“ミニマムな四万十川”って感じがしたんだよね。」
その風景を、1日の時間軸で再構成するように、彼は語りを重ねていった。
「朝、霧の中から一日が始まって──鳥が鳴いて、川の音が聞こえて、
やがて子どもたちが遊び、大人たちは物思いにふける。夕方にはまた、静けさが戻ってくる……。
公園に集まる人たちは、きっとそれぞれに何かを抱えてる。
これからのことを考えたり、迷ったり、立ち止まったり──
でも最後は、少しだけ希望を持って、“また明日からやっていこう”って思えるような……。
そんな風景や情景が、音に立体的に映し出せたらいいなと思って。
だから、少しだけアレンジも長くなったのかもしれない。」
彼の言葉には、確かに「音楽家のまなざし」があった。
それは、四万十の森と川と人を、そっと包み込むような、静かで確かな眼差しだった。
「コーヒーを前に、iPhoneで回しながらゆるく対談。午後の風がちょうどいい。」
③ レコーディング当日
──“鍵盤の前に座った瞬間、空気が変わった”
「スタインウェイの前で。音とだけ向き合う、レコーディングの瞬間。」
「特別なことは考えてなかったよ。ただ、ピアノの前に座って──弾き始めたってだけ。」
そう口にしたさとしの表情は、どこか穏やかだった。
「でもね、あのピアノが本当に良かったんよ。
すごくナチュラルな音で、感情を引き出してくれやすくて。
“こういう風にしたい”っていうのを、すごく弾き出してくれた。
めちゃくちゃピアノが弾きやすかった。」
一音、一呼吸ごとに、ピアノとの対話が生まれていた。
「ほんとに、めちゃくちゃいい環境で、いいピアノで録音させてもらったなって思った。
僕はそんなにピアノが上手いわけじゃないし、テクニックも全然あるわけじゃないんだけど──
でも、自分の中で出てくる“映像感”を、ちゃんと音で表現できたんじゃないかなって。」
そう語った彼は、少しだけ照れくさそうに笑った。
「レコーディングしてるとき、なんか……ピアノに“ありがとう”って、ふと思ったんよね。
受け止めてくれて、ありがとうって。」
その一言に、この演奏がただの録音ではなかったことが滲み出ていた。
③ レコーディング当日(後半)
──“まるで、自分がドローンになっていたみたいだった”
『森のピアノ』を弾いているとき、心の中に私的な記憶が浮かんでいたかどうか──
そんな問いに、さとしは少し笑いながらこう返してくれた。
「いや、過去の恋愛とかはまったく出てこなかったなあ(笑)。
むしろね、あの時の感覚って──なんていうか、“俯瞰してた”って感じなんよ。」
彼はそのとき、自分がピアノを弾いているというよりも、
まるでその空間全体を撮影している存在のようだったという。
「自分がドローンを飛ばして、撮影してるみたいな──そんな感覚だったんよね。
ある時は、カメラを寄せて子どもたちにフォーカスして。
またある時は、ベンチに座ってるおじいさんに目を向けてみたり、
逆に引きの画で全体を捉えたり。
そんな風に、いろんな視点で“その場所”を見てた気がする。」
その“場所”というのは、森の中にあるピアノと、そこに集う人々の時間だった。
「自分がその場にいるっていうよりも、
“その風景を撮影してる人間”として、その一日を見てた。
朝から夜に向かう時間の流れとか、人の動きとか、
自然の光や音の移ろいを、上から見てる感じやった。」
主観と客観が混ざり合う、独特な感覚。
ピアノを奏でながらも、まるで自分の手を離れて、音が風景を記録していくようだったという。
「だから、演奏中に“自分の中の記憶”とか“感情”っていうより、
もっと広い、時間とか空気感を映してるっていう感覚だったかな。」
──鍵盤の向こうに広がっていたのは、ただの“曲の世界”ではなかった。
それは、森と人と川が静かに呼吸する、1日の風景そのものだった。
そしてその中に、静かに佇むようにして、さとしのピアノは寄り添っていた。
録音を終えたとき、僕の中にあったのは、ただひとつの気持ちだった。
「ありがとう」
上手く弾こうとか、綺麗に仕上げようとか──
そういうことじゃなくて、
“音で風景を見せてくれる人”に出会えたことが、心から嬉しかった。
そして、それがさとしだったことが、何よりも嬉しかった。
「街の片隅で。音楽と日常が交差する、静かなまなざし。」
④ Forest, River & People
──言葉が生まれた瞬間
なぜこの言葉が出てきたのか?と尋ねると、彼はこう語ってくれた。
「演奏してる時、ずっと感じてたんだよね。
森の中に川が流れていて、子供たちが遊んでて……
森、川、そして、そこで共に生きる人たちがいる。
それをただ、そのまま言葉にしただけ。」
演奏の視点と、言葉の視点が重なったとき、
そこには、音楽と風景と人が溶け合った、たった一行のタイトルが生まれた。
Forest, River & People
「いい曲だったよ。演奏しながら、自然とそう思えた。」
──その一言が、何よりも嬉しかった。
⑤ 地元と音楽・これから
──今、音楽とどう向き合っているのか?
「演奏するのも好きなんだけど、音楽ってやっぱり“表現”だと思うんだよね。
僕が働いてる〈Howlin’〉は、フードバルみたいにお酒と食事を楽しむ場所で、週末にはライブイベントもやってる。
その時、知り合いのミュージシャンに演奏してもらったりしてるんだけど──僕は料理人だから、演奏は受け身。でもね、音を聴くと“こういう音色なら、こんな色の料理を作ってみたい”ってインスピレーションが湧く。音楽を生で感じると、精神も安定するし、元気になれるし、料理の発想も広がる。やっぱり音楽ってすごいなって思うよ。」
ときどき自宅でピアノを弾くこともあるという。
「弾いてると、心が浄化される感じがする。ああ、そうだな、自分の原点ってここにあったなって思い出すんだよね。本来の自分を取り戻すための音楽──そんな存在かもしれない。」
──食のスペシャリストとして、地元とどう関わりたいか?
「やっぱり高知出身だから、高知の食材はできるだけ使うようにしてる。たとえばオーガニックの生姜。高知の生姜って味がはっきりしててエッジが効いてるんだよ。
それから、すごく貴重な土佐あかうし。年間出荷が470頭くらいしかなくて、流通量は0.1%。黒毛和牛に負けない旨味と濃さがあって、しかも放牧など、動物に優しい育て方をされている。味の濃さは黒毛和牛の1.5〜2倍くらい違う。
あとは四万十町のシマントポークとかも使ってるね。」
子どもの頃はその価値に気づかなかったが、東京に出てから初めて地元の力強さを知ったという。
「地元の食材や料理って、こんなに美味しくてパワーがあるんだって、外に出て初めてわかった。その感覚を大事にしたいし、これからも高知の食材を使っていきたい。」
(吉)「やっぱり僕も〈Howlin’〉に行ったときに地元の食材があるとテンション上がるよ。食べて応援したくなるし、誇らしい。」
「食と音が交わる場所〈Howlin’〉小さな木も、その交差を見守っている。」
自然 × 人 × 音楽の未来
「めちゃくちゃ難しいね。でも、当たり前のことだけど──人と自然って、食も含めて避けては通れない。
これからの人の健康を考えると、食は本当に大事だし、安全な食を確保するには環境が欠かせない。農薬のこともそうだし、環境問題ともつながってくる。
僕は完全な無農薬が正解だとは思ってないけど、“どうなるんだろう”っていうアンテナを持ちながら、日頃の食に少し関心を持ってみることは、すごく大事なんじゃないかな。」
──そして、音楽について。
「音楽って、絶対に必要なものとは限らないと思う。
もちろん楽しいけど、“必ず音楽をかけなきゃいけない”とか“音楽の中にいなきゃいけない”というものではない。
でも、自分の好きな音楽を聴くことで心の健康を取り戻せる瞬間は、確かにあると思う。
音楽ってどこまでを音楽と呼ぶかにもよるけど──街の音や人の声だって、音楽と捉えることができる。そういう意味では、無くならないものだよね。」
彼は少し笑いながら、言葉を続けた。
「僕にとって音楽は、精神バランスを整えるための大事な存在。
ピアノを弾いて音を鳴らすと、心が落ち着くし、そういう環境の中で育ってきた。
昔の思春期に聴いてた曲をかけると、その時の景色がパッとフラッシュバックしてくることもある。
そういう、身近にある自然と、人と、音楽──それをこれからも大切にしていきたい。」
静かに語られた言葉のひとつひとつは、音楽の話でありながら、いつの間にか自然や人の営みの話に重なっていた。
それは、四万十の川のように、ゆっくりと、しかし確かに流れていく。
『森のピアノ』は、そんな彼の眼差しと手から生まれた音楽だ。
川辺の風景のように、そこにいる人の心を包み、時に励まし、そっと寄り添ってくれる。
そして、その音に触れた時、僕はあらためて思う。
──この曲を、地元の人にも、遠くにいる人にも届けたい。
さとし、本当にありがとう。
森、川、人。
さとしの語ったひとつひとつの言葉と、指先からこぼれた音が、ゆっくりと四万十の風景を紡いでいった。
それは、ただの演奏や記録ではなく、「日々の記憶」として息づき続ける作品になった。
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この『森のピアノ』は、そんな思いと風景が重なり合って生まれた楽曲です。
ここからは、作品を実際に聴いていただけるリンクや関連情報をご案内します。
🎼 『森のピアノ』インフォメーション
四万十町の緑林公園に設置されたアップライトピアノから着想を得て生まれた一曲。
幼なじみの土居さとしが、都内スタジオのスタインウェイ・グランドピアノで奏でました。
森、川、人──この土地に息づく風景と、そこに暮らす人々の時間を重ね合わせた、ピアノソロ作品です。
🎵 楽曲情報
・タイトル:森のピアノ
・演奏:土居さとし(ピアノ)
・作曲:吉本昌史
・録音日:2025年2月9日
・録音地:Studio TLive(東京都)
・使用ピアノ:スタインウェイ
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📌 聴く
・【配信リンク】 https://linkco.re/8ghMDVFE
・【関連ブログ記事】 🌲『森のピアノ|静けさと音のあいだに宿るもの』
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📅 関連イベント
・配信ライブ『夕暮れの記憶』内で特集
日時:2025年8月27日(水)20:00〜
視聴:SHOWROOM (レインボー放送局) https://qr.paps.jp/ebAyau
森と川、そして人のつながりから生まれた『森のピアノ』。この対談が、四万十町の自然や音楽の魅力を改めて感じるきっかけになれば幸いです。
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この記事のタグ
#森のピアノ #四万十町 #四万十川
#吉本昌史 #土居さとし #ピアノ演奏 #音楽と自然
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