2026.07 源流
第一章|きっかけ
梅雨の晴れ間が広がったある日、高幡不動尊に四国八十八ヶ所巡りになぞらえた巡拝路があることを知り、その道を歩いてみることにした。
幼い頃、お遍路の巡礼路が身近にある環境で暮らしていたこともあり、白装束に身を包み、鈴の音を響かせながら歩く巡礼者の姿を見送ることがあった。
当時は、その意味を深く考えることはなかった。
けれど、その光景は子どもの自分にはどこか現実離れしていて、不思議と記憶に残っている。
「八十八ヶ所」という言葉は、観光や歴史の中にあるものではなく、幼い頃から生活のどこかに流れていた文化だった。
そんな文化は、遠く離れたこの東京の地で、今もどのような姿で流れ続けているのだろう。
その景色を、自分の足で歩いて確かめてみたいと思った。
第二章|出会う
金曜日の昼下がり。
午後の柔らかな陽射しが木々の間から差し込み、境内には休日とは違う、ゆっくりとした時
間が流れていた。
山門をくぐり、山内八十八ヶ所巡拝路へと足を進める。
巡拝路という名前から、境内をゆっくり歩くような道を想像していた。
けれど、実際に歩き始めると、その印象はすぐに変わる。
目の前に広がっていたのは、思っていた以上にしっかりとした山道だった。
木の根が張り出した道を登り、息を切らしながら一歩ずつ進んでいく。
気がつけば額には汗がにじみ、しっかりと山を歩いていた。
木漏れ日の中を、一体また一体と地蔵を眺めながら歩いていく。
そして、自分が目指していた第三十七番札所の前で足を止めた。
そこに刻まれていたのは、「高知県高岡郡窪川町(現・四万十町)」という文字だった。
第三章|繋がる
東京で暮らすようになって十数年。
高知は、自分にとって帰る場所であり、思い出が残る故郷だった。
けれど、高幡不動で「高知県高岡郡窪川町」という文字を目にしたとき、その距離感が少し変わったように感じた。
帰省すれば故郷へ帰ることはできる。
けれど、この日は故郷の方から、自分のいる東京へ歩み寄ってきてくれたような、不思議な感覚があった。
後から調べていくうちに、高幡不動に残る巡拝文化には、四国との深い繋がりがあることを知った。
長い年月をかけ、人とともに文化も土地を越えてきた。
そう考えると、高知と東京がこの日繋がったわけではない。
その繋がりは、ずっと昔からそこにあった。
気付いていなかったのは、自分だった。
第四章|源流
「源流」という言葉を聞くと、多くの人は川の始まりを思い浮かべる。
けれど、この日、自分が見つけた源流は少し違っていた。
文化は、形を変えながら土地を越え、人から人へと流れていく。
その流れは、東京へ来たから生まれたものでも、高幡不動で初めて始まったものでもない。
幼い頃、お遍路さんを見送っていた記憶も。
東京で暮らし、故郷との距離を感じながら過ごしてきた時間も。
故郷の名前が刻まれた地蔵の前で立ち止まった瞬間も。
振り返れば、そのすべてが、一つの流れの中にあった。
文化は、新しく流れ始めるものではない。
その流れに、自分が気付いたとき、初めて自分の中を流れ始めるのかもしれない。
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